月と太陽の死者


熱い、喉の奥が蕩けるような咽返る暑さだ
このような日ほど、あのときの苦を思い出す
狂おしい、苦しい、殺したい


滅びよ・・・・来栖川のモノよ


静寂な夜も常に
血飛沫一つで、壮絶な夜へと変貌する

ここは、どこかの寂れた小学校
私は、ある者達を呼び出し


狩りに来た

今夜こそ・・奴らを・・・


━━━━殺す━━━━

「初めましてだな ロバード=ガートランドだ」

「ええ。それで何のよう? デートの誘いってわけでもなさそうだけど?」

「・・・・・・・・・(コクコク)」


月が綺麗なこの日、私はある女を2人、ここに呼び出した
別に月が綺麗だったからという理由ではない、ただ今から殺りあう相手への
せめてもの死への手向けになるだろうと思う


「・・・・・・・・貴様ら、知らぬとは言わせぬぞ」

「なによ? なにがいいたいの?」

「・・・・・・・(コクコク)」


初めは紳士的に振舞おうと思っていたが
何がなんだかわからないという声に

正直、腹が立った
あのような仕打ちを我々一族にしてきた
来栖川一族が、知らぬだと?

我々が拷問を受けていたときに
ノウノウと知らない振りと言うのは何とも
腹立たしいことだ


「本気で言っているのか? 来栖川の小娘どもが」

「ええ、本気も本気。大本気よ、知らないっていうんだから知らないの」

「・・・・・・・・・・・(コクコク)」

「ならば・・・・・知らぬまま死ね!!」


これが戦いの合図となった
俺は、良く喋る生意気で、身軽そうな制服の女に
目にも留まらぬ速さで詰め寄り
そのまま女を殴り飛ばした。女は近くのゴミ袋が溜まっている場所まで
弾き飛ばされた。俺は、その反動を利用して物静かで黒装束の女に近寄ると
女を蹴り飛ばし、同じようにゴミ袋のほうまで蹴り飛ばす


「なめるな来栖川の者よ。俺は貴様らを殺しにきた」

倒れている女に向けて言葉と唾を吐き捨て
冷笑な笑み、憎悪の念を投げかけた


「・・・まったく。痛いわね、私はともかく姉さん大丈夫?」

「・・・・・・・(コクコク)」

二人は起き上がり
生意気な女と無口な女はスカートとマント軽くパッパッと手で払う
生意気な女はファイティングポーズをとり
無口な女は、その行く末を目で追っているだけだった


「エクストリームやってる私はともかく
  姉さんまで巻き込むなんて・・・許さないわよ」

よくも、あそこまで喋られる女だ
妙にイライラさせる、奴の声をどうにかしたい

殺す、殺す、殺す

過ぎるものは100年前からの殺意
そう今日こそ、100年前の恨み、ここで殺してやるよ。


俺は再度、生意気な女の方に向かっていき
音速に似た速さで回し蹴りを顔面に浴びせかけようとしたが
女は、それを軽く右手でガードし、後ろに弾き飛ばした

反動でよろめく俺へと詰め寄り、渾身の一撃を溝に撃とうとしたが
俺はそれを寸前のところで受け止め
そのまま女の拳を握り潰すぐらいの握力で、一気に遠くの彼方へと投げ飛ばそうとしたが

女は、その場に踏みとどまり
逆に俺が投げ返された。

投げられた俺は空中で体勢を立て直し
一回転した後、地面に手をつき
反動を利用して後退しながら、二人との距離をとった


「さすがは来栖川のものだな。血筋か・・・?」

「そうでもないわよ? 私は元々、強いの? わかる?」


生意気な女は自嘲気味に笑いながら、ガードした右手を宙でプラプラと仰いだ
どうやら利くには利いているようだ

そして俺を見て真剣な眼差しになり、強い口調で言い放った


「知らないのよ。貴方が誰で、どこのひとかさえ」

「・・・・・(コクコク)」

「ほら、姉さんだって知らないって」


その言葉を聞いて、吐き気を催すぐらいに憎くなった
本当にふざけた一族だ、この一族が俺の一族を虐げていたというのか?
そして今、この星にいる・・くそがっ

毒づきながら、地面の砂を蹴り上げた


「教えてやるよ。貴様らが我々一族にしてきた事をな!」

時は1810年、ガートランド家は名家と呼ばれるほどの
富と権力を火星の統一によって得た

その富は計り知れなく、その当時、最高権力者
太陽と月の権威を脅かすものだった。そう、これが全ての終わりである
その後、月と太陽の統治者は我々ガートランド家を木星に集め
そのまま我々の持っていた権力と富を武力によって奪い去った

ガートランド家の主がいない火星は無残なものだった
首都を押さえ込み、残っていたガートランド家のモノを殴り殺し
あまつさえ、陵辱し殺した。木星にいたガートランド家のものは
死ぬことさえ許されない牢獄へ投獄され、100年間地獄に入れられることとなる

もちろん、その中に俺も、俺の父も俺の妹も母もいた
母と妹は女であるということから記憶を操作され
どこか違う時代に飛ばされた
残った俺と父は眠ることさえ許されず、水を飲むことさえ許されない108つの刑に処されていた
ある時は火あぶりに、ある時は水攻めに、ある時は針の山を踏み

そしてあるとき、父はとうとう死んでしまった。
父が最後に残した言葉は、”すまない”という言葉だ

俺は生きた、生きて俺達を投獄した奴らを殺そうと思った
それだけを願って今まで行き続けた。
俺は108の刑をこなし、木星の法律が変わったこともあり
保護観察なしで出所、その後、火星へと渡り
俺達をこんな目に合わした奴らを探した

程なく、そいつらの情報だけ見つかり、俺はそいつらを10年間探した、探した
探した、探しに探し続けた。

そして俺は見つけたが

その先祖はくたばっていた
風の噂では俺達が投獄された10年後に死に絶えたそうだ

だが俺の復讐は終わらなかった
俺は探した。そいつらの身内を

そして見つけた


「それが貴様らの先祖だよ。来栖川のモノよ」

「はいはい。わかったわかった。それで、どうしてほしいのよ?
 別に先祖の過ちを謝るつもりもないけど、どうして欲しいの?」

「・・・・・・・・・(コクコク)」

生意気な女は、手をパタパタと振り、呆れ返った表情でこちらを見据えなおした
方や無口な女はさっきから一点を見つめ、ただうなずくばかりだった


「死して償え!」


俺はポケットから二つの小さなナイフを取り出し
それを両手にもち、生意気な女に迫ると


鮮やかな手口で━━━━━━━━


生意気な女の背後に回りこみ、女の背中を勢い前に蹴り上げ
女と間合いをあけ、女を嘲笑するかのように罵る


「なんだ? その無様な醜態は? これが来栖川一族か見るに耐えん姿だな」

「・・・・気が付かなかった・・・・・・・・」


地面には致死量にも及ぶ血が水溜りのようにでき
生意気な女の右腕は別の場所に鮮やかな切り口を残し転がっていた
切れた部分からは今もなお血が噴出し
血潮が俺の頬を掠めて紅く染める

気持ちい・・・気もちい・・・きもちいいいい!! あはは! ああははっはああ!!

性欲にも似た感情をおぼえ、狂喜乱舞しそうになるのを心だけに留めて


「うっ・・・・」

刹那、風に乗って何かの匂いが立ち込めると
俺は急に気持ちが悪くなり、胃の中の内容物を全て吐き出した

その勢いで喉が少しだけ切れ、酸い胃液の味と共に血の味が交じり合って
地面では黄色と鮮血が共に抱き合うように混ざり合う


「魔法薬・・・・」

女はすすり泣く様に呟くと、生意気な女に近寄り
小声でなにかを唱え始める
すると近くにいた小動物が集まり始め
生意気な女の右腕に集まり、次の瞬間、右腕のあるべき場所が輝き始め
すぐに収束し、女の右腕に代わった


「貴様ら、やはり・・・・」

気分が大分と落ち着いてきた俺はナイフを再度、強く握り締め
二人を強烈に睨み付け、血が残る口から唾を地面に吐いた


「本気でやるわよ姉さん?」

「・・・・・・・(コクコク)」

「ようやくその気になったのか?」

「ええ・・・貴方は絶対に殺らないといけない存在だってわかったから」

「・・・・・・・・・・・・殺します」


その時、二人の体は輝かしく光りはじめ
赤い色と白い色の光に包まれる

眩い光の中で

生意気な女は、なにやら蒼いライトアーマーを身にまとった
いかにも体術を重視した姿に変貌し

もう一人の女は、髪を後ろで束ね大きな鎌を持った姿へと
変貌していた

「本気でいくわよ」

「・・・・・・・・はいっ。やります」

「ほざけ!」


生意気な女のスピードは今までの数十倍に速くなり
俺が気づいたときには女は数メートルの位置まで迫っていた

そして顔面に拳を叩きつけようとしたのを俺はあっさりとかわし
俺は反撃に転じようとした・・・

が、大きな鎌をもった女が俺の脚を鎌で素早くかろうとするのを
俺は間一髪で態勢をかえ、かわしたが

生意気な女はすぐに振り向き、繰り出す拳が鎌から逃げいている俺の溝へと入り
なすすべなく学校の校舎にぶち当たると校舎にヒビが入り、一階部分が崩れ去った


「あっちゃーやりすぎたわね・・後で修理を頼まなくっちゃ」

女はいたずらな表情で舌を出し、軽く頭を叩く姿が
本来ならば、いとおしいと感じるのだろうが
死線を超えた死合いをしている俺には妙に目障りに感じる


「・・・・・・・・・ちっ!」


俺は素早く立ち上がり、俺は生意気な女の速さと同等ぐらいで
二人に近づき


刹那


「教えてやるよ。死の悦びを!!」


銀の刃が踊るように二人の関節という関節を切り刻み
頭と首と胴体を残して、全てバラバラに切り刻み
その肉片が四方八方に霧散するのに悦楽を感じた


面白いように二人の体から水風船が割れたように血飛沫が噴出して
そこは学校ではなく地獄の墓場へと変貌を遂げ、血液さえも
やがて出なくなり、一面を血の池に還る

だが・・・

多数の小動物が二人に集まり始め
二人の頭部に集まると
どんどんと元の形を成し始め、手や足、はたまた爪へと変わり始めた


「・・・・・・・・・なんというやつらだ」

「お生憎様。私たちは死なないのよ、それと、もうそのナイフ使いものにならないわよ」

「何を・・!」

「・・・・・・やってみてください」

「望みとあらば!!」


俺はもう一度、二人に向けて
銀の刃を踊らすように二人の体になぞると

━━━━━━━━━━バキ


ナイフは簡単に折れ、明後日の方へ
満月の光を受け、キラキラと光りながら砕けちった


「なるほど。このナイフの情報を読み取り
 このナイフの概念にのみ虚に変えたのか・・・面白い・・」

「そんなところよ? どうする? やめる?」

「・・・・・・・貴方に勝ち目はありません」


二人は勝ち誇った表情で俺を見ると
俺は吐き捨てたくなるような感情が芽生え
殺したいという殺意と悔しさが胸に残る

そして・・・・


「驚いたな。まさかオリハルコンのナイフが折られるなんて
 良いだろう。こちらも本気を出そう・・・ただ・・・これは俺ですらコントロールは出来ないがな」

そういうと俺の姿はドロドロと水になり、霧となって
その場から消えていき、その場に静寂が戻った


「・・・・・・・どこにいると思う・・姉さん?」

「・・・・・・・(フルフル)」

「・・・・帰った・・・のかな?」

「・・・・・・・・(フルフル)」

「!!」


次の瞬間、生意気な女の胸をメリメリと突き破るように
両手が生え血液が、まるで華の胞子を飛ばすかのように血潮となって
生えた両手を真紅に染める
両手にはしっかりと女の心臓を持っており
まだ血管が繋がっているのであろう
ビクビクと勢い良く動いている


「あっ・・・・」

女は事切れた生きた人形のように
表情を崩さず。その場に倒れていくと

その姿、とても甘美に思えるほど俺は気持ちが良かった


「呪われし力、来栖川家のおかげで、この力を得た」

「・・・・・・・・・(ユサユサ)」


生えていた両手は消え
どこからか聞こえる俺の声に無口な女は戸惑いながら
心臓が飛び出た女の元へ歩み寄り
ゆっくりと肩をゆすってみたが
生意気な女は表情を変えずに

”だいじょう・・ぶ・・大丈夫・・だから姉さん・・”

と呟いた。その光景を見て、無口な女はわかったのだろう

それが生き物の死であることを


無口な女は、自分がされたことよりも
どこかにいる俺に対して怒りをあらわにした表情を浮かべた


━━━━━━━━━一人目


「そうだ。その表情だよ来栖川のモノよ」

「・・・・・・・・・・・・許しません」

「当たり前だ。俺は殺し合いに来た」

「・・・・・・・・・・・・許しませんから」

「・・・・・・・・死ね。忌むべき存在よ」

血の匂いが、やけに鼻につく
芳しい香、数百年と待った香り
もう我慢できないぐらい興奮している

血を・・・血を見せてくれ・・・・お前の血を!


━━━━━━━━━━━━━━━━━━殺す


刹那
俺の体が無口な女の背後に具現化し
今度は素早く、頭と腰を拳で貫くはずだった

「うっ・・・・・」


出現した場所をしっていたかのように
女は出現する瞬間、猛スピードで振り向き
鎌で俺の両腕を殺ぎ落とし

俺はゆっくりと後ろへ後退しながら怒気の声を吐いた


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺す」

「・・・・・・・・・・・去りなさい」

「・・・・・・・・・・・お願いします去ってください」

「俺は貴様を殺す・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか」


今の一撃で全てを忘れかけていた
俺が優位な状態であることも
腕を殺ぎ落とされて苦しいことも

そして、その瞬間
形成は逆転させられた


目の前にいた女が瞬きをする間に
俺みたいに霧のように消え
姿を模索した頃には俺の背後に出現する

気配さえ・・・感じられない

俺は怖くなり、後ろに飛退くと
まるで哀れむ表情で女は問いかけた


「・・・・・・・・・・・・良いのですか?」

「当たり前だ」

「・・・・・・・・・・・・・さようなら」


鎌が振り下ろされる
鋭い刃が下ろされる
終わる全て終わる
人生なんて、こんなもんだ
呆気ないな
当たり前か
殺しすぎたモノには当たり前の仕打ちだ

終わる
終焉
終劇
END
FIN

だが終われない・・・終わりたくても父の地獄の叫びが俺を元の現実に呼び覚ました


「・・・・・・・・・!!」

「詰めが甘かったな。小娘」


鎌が振り下ろされる瞬間
俺は再度、霧へと形を変貌し
そのまま風のように流れ、気配を殺す


月夜の下
流れ行く風は心地よく、無口な女の髪を靡かせる様に吹く


「終わりだ。小娘・・・」


今度は確実に殺れる
そう今から、奴の体内で具現化する
終わりだ。小娘

零距離からの攻撃になすすべは無いだろう!

今さっきのミスだ。俺としたことが侮ってしまった
だが安心しろ、これで終わりだ

ズジャ・・・・


血の華が胸から咲き誇る
種を飛ばすときのように血潮が広がる

二つの大輪の花を咲かせる

一つ目は既に散り

二つ目も今散った

美しい

甘美

麗しい


「終わりだ! あはは! あはは! 完了だ! これで・・これで」

おかしい
なんだ・・・この感覚は?!


視界が失われていく
目を開けているのに視界が闇に堕ちて行く

怖い、数百年とじこめられた牢獄を思い出す
助けて、助けて、助けてよ母さん
教えて、教えて、教えてよ父さん


「ちょうど三分よ。甘美な夢は見れたかしら?」


光が差し込む。冷たい光が闇を照らし出す
月夜の明かりに照らし出された俺は
あいつらにどう映るのだろうか?


「?!」

「・・・・・・夢です」

「貴方は姉さんの魔術に掛かったのよ」

「・・・・・」


風に漂う魔法薬の香
鼻腔を擽る淫靡な匂いだ

俺は知らぬ間にこれを吸ってしまったのだろう
不覚、なんたる不覚、数百年の思いを遂げたのが
夢の中だというのか

殺す・殺す・殺す・滅す・貴様ら血が残らないぐらい霧散させてくれる

俺は心を律しながら相手に視線を移す


「残念だけど姉さんは、月の統治者の力を持っているの
 つまり月夜の下では姉さんを殺すことは皆無よ」

「謀られたか・・・・・・・」

「そういうこと。ちなみに私は太陽の統治者の力を持っているから
 太陽の下にいる私は無敵の近いのよ」


月の統治者は月に守られ
太陽の統治者は太陽に守られる

惑星の統治者というのは
信仰心の強さから惑星に守られることがあるのか

だが零距離の攻撃が破られたわけではない


「どうする? まだ続けるの?」

「もちろんだ」

「・・・・・・・・・・・無駄です」

「無駄かどうかというのは試してみないとわからんだろう?」

「残念、姉さんの言うとおり無駄よ。だって、私たち貴方の力を幻の中で
 見切っちゃったし」


まだ勝てる
勝てるかもしれない。一滴の希望を胸に思いをはせてみるも
無駄なあがきなのか。だが信じたい
俺は勝てる、まだ勝てると

だからこそ、相打ちでも良い


生意気な女なら太陽が出ていない月夜の夜に殺せるだろう
だが月に守られている無口な女がいれば話は別だ
奴は魔道に長け、もう一人は武術に長けている

最強のタッグといっても過言ではない

朝は攻撃、夜は防御・・・か・・・

始めからわかっていた
勝てる見込みがないことなど
相打ちでもいい、父さん、母さん、妹の仇でも取れれば
それだけで満足だった
だが、それさえままならぬかもしれないというのは


下唇を八重歯で力強く噛み締めると
唇から一線の血が滴り落ち、冷静に考えるチャンスをくれるはずなのに
今はくれない・・多分、状況に飲まれているのか


「ならば・・・・」


再び精神を統一する
心に霧のイメージを描き
それを脳内のニューロンを全て使い、全身に伝え
現実の世界に具現化する

俺の体はやがて霧へと変わり
空に大気と変わるはずだったが


「・・・・・・・・・・・(ボソッボソッ)」

「嗚嗚嗚呼嗚嗚呼嗚呼嗚呼ああ嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!」


断末魔の叫びとともに
霧となった粒子が無理やり集まり始め
歪に何度も、集まっては離れ、集まっては離れ人の形を少しずつ成していく


「・・・・・・・・・」

「姉さんの魔法薬で貴方の自由は奪っておいたのよ」


立っている事すらままらなくなり、地面に這いながら
悶え苦しむ。額からは嫌な汗が流れ、失禁したぐらいの
水溜りが俺の悶え苦しむ場所に出来上がっている


「嗚嗚嗚嗚嗚!!!!」

「終わりよ。逃げるなら今のうちだけど?」


皮肉なものだ
生意気な女の余裕の笑みが
俺の憎悪の活力剤となって奮い立たせる

奴らを殺す、ただそれだけのために
弱弱しく立ち上がり、俺は身構えた

まだ頭が痛い
あの女が嗅がした魔法薬のせいか


「終わらぬ・・・・終わらぬ・・・我が怨念は消えぬ!!」


女が御託を述べていた時間で
俺の呪文は完成した程なく完成した
これで終わりだ
何もかも世界ごと木っ端微塵と消えよう

俺の体に眩い程の光が
収束していき、徐々に光が大きくなる

痛みと苦痛がなくなっていく


今、俺は力と一つになった


後はダイスを振るように、俺の右手にある小石ほどの光を
地面めがけて落すだけ

それだけで小石に集まったビックバン程のエネルギーが
この地に放出され、地面が割れて、天変地異を思わせるような
世界が誕生し、月光の光と共に消えていく

「・・・・・・・・・・・・・・・・・まずいです」

異常事態に気が付いた無口な女は、急いで呪文を唱え
俺に集まった光を押さえ込もうとしたが遅い
既に呪文は完成している
無口な女は、魔法を抑えこめなかった衝撃で、鎌を置いたまま
20メートルほど弾き飛ばされ、起き上がることすら出来なかった


「てやっ!!!」


生意気な女は無口な女の使っていた鎌を拾い上げ
俺めがけて投げつけ、自分も走ってくるが

終わっているんだ?
完全形態の物質を前に
攻撃? 防御? 愚問なことだ

目の前で女が投げつけた鎌が
まるでおもちゃのようにグニャグニャと曲がり
明後日の方角にとんでいく、それを知っていたのだろう

女はそれに意識を集中させているところに掛かってきたが


無意味に等しい


女の速さは数段に早かった
光速と並んでいる
並みの闘士なら触れることすら出来ないだろう

だが俺は違う
この世ならざる存在となり
私は今、この星と一つになった


「きゃああああああああ!!!!!!!」


今、女が俺に蹴りを見舞おうとしたが
それもまた悲しき事に
包まれるオーラによって
明後日の方角に、生意気な女も弾き飛ばす


「・・・・・・・・・・・・・あの人、自爆します」

「どうするの姉さん!? どうやって・・・」


弱弱しく二人とも立ち上がり
こちらに向かってこようと一歩、また一歩と歩いてくるが
それも無価値に等しい


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「死ね! 来栖川のモノよ」


考察するのが遅かったな
俺は死ぬ。陥れる元凶となった
この地球と共に鮮やかに砕け散る

困惑する来栖川の姉妹を尻目に
俺は自嘲気味に笑い
ゆっくりと小石ほどの光を地面に落そうとしたとき

ぐじゃり・・・・

光の放出が収まり、小石ほどのエネルギーの塊は虚空に消える
そして、この世ならざるものは、人の形をした存在になり
口いっぱいに血の鉄臭い味が広がる

とめどなく血液が喉と呼ばれていた部分から溢れ
鮮紅色の水溜りがそこに出来上がる


「・・・・・・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・・・なに」


ようやく自我を取り戻し
ゆっくりと俺の腹を見ると
そこには刀剣が生えていた

無念、ここで全てが潰えるなんて


「兄さん、私は妹として・・・・・貴方を殺します」

「・・・・・・・・・・・・・な・・・・何故・・・・・」


聞き覚えがある声
澄んだ声色は昔を思い出させてくれる
何年前だろう。もう何年も前の声

匂いにも覚えがあった
彼女からはいつも、甘い、甘い華の匂いがしていた

俺は好きだった。その匂いの側にいると癒される

俺は好きだった。その匂いのおかげで自分を保てるから

俺は刃が腹に刺さったまま
後ろにいる妹に寄りかかり、妹もそれを承知したのだろう
剣を捨て、俺を抱きとめてくれた


「愛する兄だから・・・私は貴方の妹だから、そういう理由は駄目ですか?」

「お・・・・・・・・・・・お前・・・来栖川のものが・・・にくくないのか・・・?」


愛する妹だからこそ

聞いておきたかった
もし彼女が憎いと答えれば
俺は俺のもてる全てを使い、今一度
戦う意思を表そうと無理にでも剣を引き抜き
止めを刺しに行く

しかし、妹は悲しい声を振り絞りながらそっと呟いた


「憎いです。でもこんな状態になっても戦う兄さんが私には耐えられない・・・」

「そうか・・・・・・」

「だから兄さん、還りましょうっ・・・」

その言葉を聴いて
体に染み付いた憎悪が、やがて消えていき
表情も優しくなっていく

「俺は・・・何のために・・・・・生きてきたんだろうな・・・?」

「兄さんは・・・・・・・・誰かに愛されたかったんですっ」

「・・・・そっか・・・・だけどもう無理だよな・・・・? 破滅を導き、終わらそうとする異端児を
 ・・・・誰も・・・・誰も愛してくれない・・・だろ?」

「私は愛しますっ。例え・・・兄さんが、破滅を導くものでも
 私には・・・私にはただ一人の兄ですっ・・・兄さんが・・・・兄さんが一人になっても・・・・
 私が私だけは・・・愛しますっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アリ・・・ガ・・・トウ・・・」


体に染み付いた黒い闇は完全に晴れ
俺の心に一筋の光が差し込んでくる
暖かい、思い出した

これは家族の温かみ・・・俺が獄中で失った暖かさ

妹は血まみれになった俺の手を握り
消え行く灯火を見つめるような眼差しで
妹は俺の体を地において剣を引き抜き、血の付いたまま
剣を鞘に戻した。
大きく空色の瞳から幾度となく涙が落ちていき、美しい紫色の髪を伝い、そして剣を蔦ってなおされた刃に
堕ちていく。鞘からは血の涙が地面に滴り落ち、程なく涙も枯渇し始めた


「終わったの?」


今まで何もなかったかのように
聞く生意気な女に、妹は無機質な状態で
振り向き、相手の目を射抜くように見据える


「はいっ」

「貴女は私達に復讐でもするの?」

「いいえ、しませんっ」

「・・・・・・・・・・・・それでいいんですか?」


生意気な女は、前までの挑発的な口調とは裏腹に
私の目を見据え、本当にすまなかったと言わんばかりな声を上げる
その女の姉は、優しくも戦いを好まないと声色で表していた


「はいっ。私は兄さんを止めたかった・・・でも覚えていて下さい
 貴女方がやられたのは決して許されることではありません」

「・・・・・・・・・そう・・・・・・・・・・ですね」

「・・・・・・・・・じゃ、どうやって先祖の罪を償えって言うの?」


生意気な女は呆れた言い草で私に問いかける
もちろん、先祖の念を今になって、子孫である貴女達に償えというのは
ナンセンスで且つ、無理難題のことだから当たり前なのだろう


「忘れないでください。忌むべき歴史があったということだけ」

「・・・・・・・・・はい」

「わ・・・わかったわ」


強いて感情を表せなかった
本当は悲しいはずなのに、本当は憎いはずなのに
私は優しい気持ちで一杯だった

嬉しかった。本当に、兄さんに会えたことが
嬉しかった。兄さんを止められたことが
嬉しかった。もう離れなくなったことが

「大事なのはこれからです。何を思い、何を考え、そしてどうするべきか?
 考えながら生きてください。それだけが・・私から言えることです」

「わかったわ」

「・・・・・・・・(コクコク)」


二人の女は真剣に話を聞いてくれたことで
とても嬉しかった
もし悪態をつこうものなら、この兄を殺した剣で
もう一度、大きな血潮をあげていたかもしれない

「時間切れのようです。今まで有難うございます」

「・・・・・・・・・・こちらこそ有難う。頑張ってね」

「・・・・・・・・・・頑張ってください」

「・・・・いきましょうか兄さん?」

「ああ、世話になった来栖川のモノよ。過去に縛り付けられるのは辛いものだな」

「大丈夫です。これからは私がいますから」

「ああ・・・・」


傷だらけだった兄は立ち上がり
幽体となって二人に微笑む

そして私も体が透けていき
二人の女は寂しそうな表情で、こちらを見ていた

やがて二人は仲良く手をつなぎ、朝日が昇りそうな地平線の方角へ
ゆっくりとであるが着実に一歩一歩、歩いていく
その姿は、あの頃の仲の良かった兄妹を髣髴とさせるものだった

滅び、それは怖いものではない
二人が行く道が例え地獄であろうとも、一緒に居れさえすれば
そこは天国に違いない

ただ歩いて揺れる二人の髪が寂しそうに絡み合っていたのは
決して離れない現われだったのだろうか


「終わったわね?」

「・・・・・・はい」

「姉さん、私達って正しいことをしたのかな?」

「・・・・・・・・絶対的に正しいことはありません」


二人は、あの兄妹が消えていった方角を
じっと見つめていた

その眼差しには
幸せになって欲しいという念がこめられていたに違いない


「そうね…」

「でも絶対、正しいものに近づけようとしたことは確かです
 今日会ったことは・・忘れては駄目です」


正義

その言葉は意味が無く
人によって、その正義の定義が曖昧ものだ

殺戮こそ正義と思う者
幸せになることこそ正義と思う者
自分が死ぬ事を正義と思う者

千差万別な正義があり
幾万という正義がある

彼女達が成し遂げた正義も、その中の一つに過ぎず
それが一番の最善策だったかは定かではないが

彼女達は彼女達なりの正義を貫いたのだろう


「そうね・・・・・・・じゃ、帰りましょうか」

「・・・・・・・・・・・はいっ」


地平線から太陽が昇り
後光が彼女達と学校を照らし出す

太陽はいつものように等しく
殺人者にも、一般人にも与えてくれる

二人は立ち上がり
ゆっくりと自分がいるべき場所に進んでいく

それが次の戦いになるかもしれないということを
考えながら・・・・

でも忘れないで欲しい、歴史の裏側にこのようなことがあったことを
見えざる歴史が存在していたという事実だけを・・・・


ただ、それだけのことである